平井雷太のアーカイブ

目の前の子どもよく見て 2004/11/15

毎日新聞『新教育の森』に連載された「一人ひとりの子どもたちへ」の記事の第4回目をご紹介します。

2004年(平成16年)11月15日(月曜日)
一人ひとりの子どもたちへ?C

目の前の子どもよく見て

 先日、一人のお母さんから「ある講演会で、キレない子を育てるためには、夫婦仲がいいこと、朝食をきちんと食べることなど、いくつもやるべきことを聞いて、そのほとんどをやっているのに、うちの3歳の息子U太はすぐにキレるのです。どうしたらいいでしょうか?」と聞かれました。   

 そんなとき、U太くんがキレそうになりました。―歳年上の姉のK子ちゃんが大事にしていたガムを取ったのです。お母さんが「返しなさい」と言っても返しません。「普段、こういうときはどうするんですか?」と聞くと、「U太から無理やりとりあげます。そうするとキレて、私につかみかかって、メガネはとばすは、そりゃ、大変です」。「放っておいた場合は?」「K子をなぐってけって、大騒ぎになります」

 ということは、お母さんはどうすればU太くんがキレるかがわかっているのです。キレる状況がわかっていて、お母さんはどうして同じことを繰り返すのでしょう?

 キレてもらいたくないんだったら、そうしなければいいだけのことです。そこで、私はU太くんに聞きました。「そのガムは、K子ちゃんのだけど、K子ちゃんがU太くんに泣かされるのは見たくないから、おじちゃんがK子ちゃんの味方をするけどいい?J

 U太くんは困った顔をして、しばらく考えてから、「ダメ」と言います。そこで「どうしてもそのガムがほしいんだったら、K子ちゃんから買う? それとも他の人に頼んでみる?」と提案しました。U太くんはガムだったら何でもよかったようで、他の人からガムをもらって、その場はキレずにすみました。

 こう言えばキレるとわかっているのに、子どもがキレそうになるといつも同じ対応をするのは、大人の想像力の欠如と怠慢です。「人のものをいきなり取る子は悪い子」と決めつけ、原因は子どもにあると思っているので、自分の対応を省みないのです。子どもに振りまわされず、ていねいに言い分を聞いたり、予測を立てて、言い方を変えたりと、大人がやれることはたくさんあります。

 いくら夫婦仲がよく、朝食をきちんととっていても、キレる対応をすればキレる子はキレるのです。そんなふうに、原因を関係ないものに関連付けたり、子どもの資質のせいにせず、起きている事実をよく見ることが重要なのです。

 そして今、専門家、権威者と呼ばれる人たちが語る「こうすれば、こういう子になる」という、根拠のない因果論に振りまわされて、右往左往の挙げ句に目の前の子どもを見失うことがないようにすることが、もっとも大事なことでしょう。  (つづく)

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